dantelのブログ

日々の心境、思想、学び、気づき等を書き留めています。いつか、後世への遺物となることを願っています。

トランクの中の日本

仕事の合間に、京都佛立ミュージアムで開催されている『トランクの中の日本 戦争、平和、そして佛教』を見に行かせて頂きました。

米軍従軍カメラマン、ジョー・オダネル氏が終戦直後の長崎、広島、神戸などで撮られた写真に、その時の情景、聞いた言葉や語った言葉、思考や感情などが一緒に付け加えたパネルの展示が中心の企画です。


終戦まもなく軍の命令で長崎に到着したオダネル氏の役割は、日本をカメラで写し出すことでした。

どんなものでもよい。これは撮っておくべきだと思うものはすべて写し出してくれ。その任務を遂行するべく、まずは長崎から撮りはじめたのです。

長崎は爆心地に近っけば近づくほど、瓦礫で歩くのも遮られるほどであり、広島の場合はわずかな例外を除き、建物はすべて根こそぎ破壊されつくして真っ平らになっていたといいます。それはまるで巨大な箒が街中をさっと掃き清めてしまったようだと表現されていました。

また敗戦下で暮らす日本人にも多々触れあい、その様子をカメラにおさめていました。

ある長崎の小さなカメラ屋さんに寄ったとき、思ったより沢山のカメラが置いてあったそうです。

プライベート用のカメラを買おうと、札を取り出したが店の店主は受け取ろうとせず、代わりに煙草をくれと行ってきたそうです。

オダネル氏は軍から配給され、貯めていた煙草を見せると、カメラ2台と交換することが出来たといいます。

敗戦下の日本ではお金ではなく、まずはモノに飢えていることを象徴する出来事です。

また、オダネル氏はアメリカでは考えられない光景を沢山目にします。

5つ6つの子供たちが、まだ2歳にもならない弟・妹たちをおんぶして世話をしている様子。

大量の蠅が埋め尽くされたリンゴを気にもせずに食べる子供たち。

仮病院施設前では、顔の皮膚も焼け落ちて溶け去り、全体が赤と黄がまだらににじむ裸の若い男に手招きされ、『どうぞ殺して、私をどうぞ殺して、あなたの敵だから』と。

限られた日本語力でも、言葉は理解できました。

そして、一番印象に残った写真は、長崎での焼き場に来た少年の写真です。

オダネル氏の言葉をそのまま載せます。

焼き場に10歳くらいの少年がやってきた。小さな体は痩せ細り、ぼろぼろの服を着て裸足だった。少年の背中には2歳にもならない幼い男の子がくくりつけられていた。その子はまるで眠っているようで見たところ体のどこにも火傷の跡は見当たらない。
少年は焼き場のふちまで進むとそこで立ち止まる。わき上がる熱風にも動じない。係員は背中の幼児を下ろし、足元の燃えさかる火の上に乗せた。まもなく、脂の焼ける音がジュウと私の耳にも届く。炎は勢いよく燃え上がり、立ちつくす少年の顔を赤く染めた。気落ちしたかのように背が丸くなった少年はまたすぐに背筋を伸ばす。私は彼から目をそらすことができなかった。少年は気を付けの姿勢で、じっと前を見つづけた。一度も焼かれる弟に目を落とすことはない。軍人も顔負けの見事な直立不動の姿勢で弟を見送ったのだ。(中略)私は彼の肩を抱いてやりたかった。しかし声をかけることもできないまま、ただ一度シャッターを切った。急に彼は回れ右をすると、背筋をぴんと張り、まっすぐ前を見て歩み去った。一度も振り向かないまま。


この写真は、ローマ法王がカードにし、印刷をして配布するよう指示を出していたということがわかりました。

戦争には、語られなかった凄まじく苦しみの歴史が埋もれています。

今、当たり前のようにある幸せは、こういった苦しみの歴史の上になりたっております。

我々が事実と向き合い、平和とはなにか、戦争とは何かを大真面目に考えなくてはならない。そう感じさせてもらいました。

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