子育ては難しいもの

子育てとは、本当に難しく思います。

長女は嫌なこと、出来なかったことを隠そうとする知恵がついてきました。

それについて、夕食の時に家族で話し合いをしました。

どちらかというと、母親にはちゃんと伝えようとする意思があるように感じましたが、私にはもじもじして、はっきりと話をしません。

私も、つい感情的になってしまうので、怒られるのが怖いのでしょう。

私もクラクラと反省をしながら、難しくもあり
また、面白味のある教育に、
しっかり向かって参るとします。


すべては思うようにいくというような、そんなタイトルの本が多いのですが、それは全く違うと思います。

2600年も前に、お釈迦様は、
『人生は思うようにならないもの』と、
悟っていますから。

だからこそ、成長しがいがある。

そんな人生を、また歩もうといたしましょう。

でんでんむしの かなしみ

新美南吉の、
『でんでんむしのかなしみ』という絵本を、
師匠に教わりました。

今の皇后さまが、

『何度となく、思いがけない時に記憶によみがえってきた』とおっしゃられた物語です。

でんでんむしはある日、自分の背中の殻の中には、かなしみがいっぱい詰まっていると気づくのです。

そして、仲間のでんでんむしに
その事を打ち明けます。

何びきもの、同じでんでんむしに話をすると、だんだんとある大切なことに気づいていく物語です。

シンプルで短いお話ですが、大人の私にも元気をもらえる、素敵な絵本でした。

心にしみる、素敵なお話が
この世界にはたくさんありますね。

ありがたいものです。

『可もなく不可もなく』ではなく

『可もなく不可もなく』という言葉があります。


特によくもなく、また、悪くもない。普通である。という時に使うのですが、この言葉は間違っているように思います。

本来は、

『可もあり不可もあり』ではないでしょうか。

すべてのものには、良い部分とよくない部分があるのだと思います。

可もなく不可もなく

ではなく、

可もあり不可もあり。

良いところも悪いところも見つけないより、良い部分はここ、悪いところはここ!と、多面的に見れるようになった方が、豊かになると私は思います。


どっちでもいいよ!と言われそうですが、なにげに感じること、気付きを自分の中で、大切にしていきたいと思います。

愛宕山

昨日、京都の愛宕山に登ってきました。

標高は971M。

天気もよく恵まれた環境で、空の青さ、木々の美しさ、水の綺麗さ、鳥の鳴き声などなどをみんなで感じながら登山は、本当に楽しいものです。

愛宕山は、スタートからかなり傾斜のある階段コースで、すぐに息切れ(笑)

それでもゆっくりペースで、途中水分補給をしながら、約2時間ちょっとで山頂に到着しました。

山頂には、ご年配の方や小さな子供たちもたくさんいて、感心致しました。


山頂の愛宕神社で参拝し、みんなでお昼御飯を食べましたが、達成感の空腹に入るおにぎりは、格別おいしく感じるものですね。

そして下山がなかなか辛い。

息をはぁはぁ切らして歩く登りのようなしんどさはさいのですが、足にくる負担に、筋肉がついていかず、ふらふらになりました。

それでも、登山入り口まで戻ってきたときは、本当に嬉い気持ちになりました。

まだまだ体力不足ですが、8月の富士山に向け、よい準備の1つになりました。

皆さん、お疲れ様でした。


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父の日 プレゼント

今日は、妻と子供たちから少し早めの、
父の日プレゼントを貰いました。

妻と次女がプレゼントを一緒に選んでくれて、長女がお手紙を添えてくれました。

一手間、二手間かけてくれたプレゼント。使うたびに、これはプレゼントだと思うでしょう。

ありがとう。大切に使います。

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指輪

事故から1日が経ち、念のため、痛む箇所は病院でレントゲンをとりました。

左手の小指あたりも腫れていたので、手のひらを撮影するときです。

レントゲン技師の方に、『指輪を外してもらえますか』と言われました。

私は、今でもたまに空手をするのですが、指輪を外すのはその時ぐらいです。

なので、あ、そうかといった気持ちで指輪を外そうとしました。

しかしながら、指が浮腫んでうまく外せません。

仕方がないからそのまま撮影しました。

私は空手以外には、全くといってよいほど、指輪を外しません。

それは、父の影響だとおもいます。

父は、私が幼い頃からずっと結婚指輪をしていました。外したとこなど見たことがありません。

そんな父も、約2年前に他界しました。

父が亡くなる1年前に、母がこの世を去ったのですか、それからも父は、指輪を外すことはありませんでした。

父が亡くなったとき、痩せてしまった薬指にしていた指輪が、今でも脳裏に焼き付いています。

私は、父の性格、個性をあまり好まない人生を歩んできました。

しかしながら、父の影響を多大に受けていることを知らされます。

指輪は、その一つです。

私の左手の薬指を見るたびに、父の薬指と繋がっているように思います。

死を持って、新たな父との出会いがある。

薬指の指輪は、きっと親子の物語を繋いでくれているのでしょう。

追突事故

昨日、人生はじめて追突事故にあいました。

信号待ちで、私が車をとめていると、後ろから衝突されたのです。

幸い、私一人しか乗っていなかったことと、レントゲン等の結果、骨には異常なかったので、一安心でした。

衝突した側の運転手も、非常に律儀な方で、迅速に対応くださいました。

残念なのが、新車だったこと。

事故有りとなれば、当然価値が下がってしまいますね。

ま、それでも体が問題なければ、よしとしましょう。

事故によって気づかされることも多いです。

私は被害者となったわけですが、加害者の方の律儀な姿勢に、穏便でいられること。

この先、私が加害者になることだってありえるのです。

そんな時は、今回のように律儀に対応しようと思います。

家族も心配をおかけしましたが、今日は日曜参観の代休だったので、家族みんなで病院に付き添ってくれました。

心強かったですよ!
ありがとう。