父と母の夢

今朝がた、幸せな夢をみました。

父と母、そして弟と私4人で、
食卓を囲み、家族4人で団らんな時間を
過ごしていた夢です。

夢とは気付かず、父、母がこの世まで、
会いにきてくれたと思っていました。


私の母は病気で、父は突然に、
この世を去りました。

しかし夢の中の二人は若返り、
元気な姿を見せてくれました。

父、母がそろそろ帰ろうとしたとき、私は思わず、今日来てくれて本当にありがとう!と、
裏返りそうな声で伝えました。

すると、父も母も笑顔を見せてくれたのです。

続けて私が、

『また今度は夢の中に会いに来てな!』

と言うと、

母が笑いながら、『またいくわ!』と
答えてくれました。

そのまま目の前が白くなっていき、
気がつけば目を開いていました。

夢から目覚めたのです。



母は亡くなるまで、入退院を
繰り返しておりました。

医師の言動から、もう母が助からないと
わかったとき、母には、それは言えませんでした。

私は、母の死を覚悟しました。

しかし、母が自身で死を覚悟していたのかは
わかりません。

まだ、平均寿命からすると若すぎる死を、
母に伝えることが辛かったのです。

と同時に、奇跡的な回復を願いました。


だから、だんだん弱っていく母のそばにいながら、言葉を濁す自分自身に負い目を感じていました。

そして母が亡くなった時、
私はこれでよかったのかと、自問自答しました。

母は、本当は死を、互いにちゃんと共有し、
共に受け入れ、亡くなったとしても、
また心で繋がっていよう。

そんな約束が出来たほうが
よかったんじゃないのか。

そんなことを、今でもふと思います。


父もそうです。

父も亡くなる前に、ちゃんと色んな事を
話しておけばよかった。



亡くなった人からは、あたりまえですが
もう連絡はできません。


だから今、心配しなくてもいいよ!と
二人が思っていてくれればいいなという
私の願望が夢となって現れているのか、

私のことを思って、父、母が夢の中にだけは、
元気だよとメッセージを届けてくれているのかは、
わかりません。

それでも、私は夢の中で、
父母と会話できることを、
本当に嬉しく思うのです。


私には出来ることをがあります。

それは、これからも我が家でしっかり供養し、
父母との日々を思い出し、そして体温のように
感じることです。


そしてまだ父、母がご健在である方に、
私の経験を伝えることです。


正しいことは何かはわかりません。
しかし、優しさならこれからも沢山
提供ができます。

大切な何かを気づかせてくれた、
今朝の夢に感謝です。

父、母、本当にありがとう。

TSUTAYA

仕事帰りに、ルクアに入っている
TSUTAYAに寄りました。

友人に教えてもらいましたが、このTSUTAYA
朝7時から空いています。

仕事前、 隣接するスターバックスを使って
勉強や読書などをするのに最適かもしれません。

このTSUTAYAの魅力は、なんといっても
空間だと思います。

一般的な本屋さんは、一列にびしっと
並列化された本棚が、いくつも並んでいると
いったとこでしょうか。

しかし、このTSUTAYAでは、中央に
スターバックスがあり、そこを囲むように、
サークルに本棚が伸びているのです。

それがスタイリッシュで、五感をキュンと
刺激してくれます。

そんな空間の中で、好きなジャンルの本を
目でおっていく。

それだけでも時間を忘れ、至福を感じます。


よい本とも出会いました。

昨日、お亡くなりになりました
日野原重明さん監修の、

神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅』

そして、マイケル・ピュエットの

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』。


ゆっくり、言葉が身体に染み込むように
読んでいきたいと思います。

楽しみです。

反省

思った時に行動しなければいけませんね。

書こう、書こうと思っていたブログも、
日が経てば書く情熱、書き留めたい想いが変化し、書くべきだったものが消えてしまいます。

その想いは確かにあったのですが、
泡のように消えてしまいます。

ダメですね。

日々反省。

これをしっかり受け止めて、
成長していこうと思います。

空手の合宿

今年も、空手の合宿に行って参りました。

幼稚園の頃から習いはじめ、何度もやめたいと
思っていましたが、やめずに気がつけば
大人になっても続いてこれました。

今はほとんど練習にも行けていませんが、
合宿だけは毎年参加しています。

子供達と一緒に練習をしたり、あまごの
つかみ取りをしたり、卓球で遊んだり、
お風呂に入ったり、花火をしたりと、
私も楽しく過ごさせていただきました。

子供の頃に参加していた空手の合宿を、
今の子供達と照らし合わせているようです。

さぁ、すっかり夏になりましたね。

今度は家族で夏を楽しみたいと思います。

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大切な日

長女:あーあ、もうちょっとおばあちゃんと
話したかったなぁ。

妻 :お墓や仏壇で、お話できるやん。

長女:生きているおばあちゃんと、
もっと話したかったの!

私 :おじいちゃんとおばあちゃんの
声って覚えてる?

長女:おじいちゃんは覚えてる!だって
いつも◯◯ちゃんって言ってくれたもん。



今、そんな会話をしています。


私の母、そして父はもう他界しましたが、
長女の記憶の中には、ちゃんと残っています。

7月15日は、父の誕生日であり、母の命日です。

我が家にとっては大切な1日です。

そんな7月15日がくるタイミングに、
長女の言葉は、父と母の記憶をやさしく
蘇らせてくれました。

人は死んでも、記憶は生き続ける。

これからも、命を大切にしていきます。

子育て

私のお客さんで、京都でタイ古式マッサージの経営をされている方がいます。

2店舗目もオープンし、ご商売は紆余曲折ありながらも、上向きにいかれています。

京都という場所もあり、また人のご縁もあって、芸能人や有名人の方も多数、リピートでお店に来られるそうです。

そんな経営者の彼女は、シングルマザーで、子育ても日々頑張っておられます。

彼女の夢は、もちろん店舗数を拡げていくこともあるのですが、なんと、『子育てを大切にする社会』を作っていく事なのだそうです。

彼女の子供達がまだ小さい頃、子供と一緒にバスに乗れば、それだけで嫌な顔をされたり、

母親として少し疲れた時、愚痴をこぼせば『あなたが産んだんでしょ』という一言で片付けられたりと、

傷つくことも多かったそうです。

確かに、生みたくて生んだのは私だけど、子育ては大変だし、時に嫌になることだってあります。でも子供は可愛いし、一緒にいたい。

そういう思いから、もっと世の中の人々が、子供を生み、育てることの大切さをしってほしい、子供を育て、教育していくことを、社会が少しでも支援できる世界にしたい。

そうおっしゃっていました。

子育ては、母親だけが関心するものではなく、社会、国の大切な未来の宝として社会で育てていく。

そういった考え方は、非常に大切だなぁと思いました。

彼女のバイタリティーと、運、人柄であれば、本当にやれそうだなぁと思います。

私も教育には関心がありますので、我が家でも携わっていきます。

美しいものと汚ないもとは分離できない。

美しいものだけを見ていたくても、
それが出来ないのが生きているという事だと
思います。

美しいものと汚ないもとは
分離できないものだと思います。


楽しいことがあれば、
苦しいことも多大に味わう。

真実だけ聞きたくても、
嘘だってこの先、往々にして聞かされるでしょう。


以前、あるテレビ番組で、東大名誉教授の
姜 尚中さんが、こんな事を話されていました。

『インターネットが進み、人は見たいもの、興味のあるものしか見なくてよくなった。其れゆえに、見たくないような現実を突き付けられた時、それを不幸としか受け止められない』と。


生きていると、なぜ私はこのような辛い思いを
しなければならないのかと、報われない自を
憐れむことが誰にだってあると思います。

しかしながら、そういった体験こそが、
生きる上で大切な情緒、優しさ、心の豊かさを
生涯発達させていくのではないかと思うのです。

見たいものだけを見る。
それでは真の幸福にはなれない。

真の幸福とは、さまざまな体験の中にこそ
培われていくものだと思います。

美しいものと汚ないもとは分離できないのです。

それを認めるだけでも、人生は大きく
変化すると、最近はよく思います。