dantelのブログ

日々の心境、思想、学び、気づき等を書き留めています。いつか、後世への遺物となることを願っています。

兆し

昨日は師匠と、8時間勉強して参りました。しかも、休憩はありません(笑)

それでも不思議と、時間の感覚を失い、気がつけばもうこんな時間?というような、幸福な一時でした。

さて、師匠からの学びのひとつに、

【兆】~きざし~

というお話がありました。

人生で起こる出来事の殆どに、この兆しがあるのというのです。

健康を害してしまうにも、食生活や運動不足がありますし、例えば家族でも、急に不仲になるわけではなく、不満が少しずつたまっていくわけですね。

その兆しに気付かない、あるいはただ見ているだけで、特に何もしない人がいます。

見ているだけだと、兆しに目がついて【眺】~ながめ~ているだけです。

そして、わかっているのに考えないようにする。それはしんにょうを付けて【逃】、にげるです。

そうすると、取り返しのつかないとこにいってしまいます。

では、兆しをキャッチしたら、どうすべきか?

これには手偏がついて【挑】。

すなわち自身で挑戦するのです!これには勇気が必要ですが、これしかありません。

挑戦し続けることを【誂】で、あつらえる。即ち、その人にしかないやり方で、オーダーメイドで個人的な挑戦をしていくということです。

人生とは極めて個別的なもだと師匠はいいます。個人的な兆しに、個人で挑むしか自分の人生を幸福にはできないということです。

周りの支えはいりますが、何かにすがる、団体に所属する、繋がりをもつ。そういったことでは、真の幸福は得られないということを改めて教わりました。

あくまで個別的な個々の集まりこそ、集団で有るべきであり、共依存し合う場であってはならないからです。

【兆】【眺】【逃】【挑】【誂】

日本語とはうまく出来ているなぁとおもいます。!

様々な、極めて個別的な兆しに、出来るだけ挑んでいきたいものです。

飛鳥と明日香

先日、奈良県桜井市で仕事をさせていただきました。

そこから車で10分のところに、石舞台古墳がありましたので、商談の後行って来ました。

小学6年生の時以来の石舞台古墳でした。

子供の時と、大人になってからとでは、当たり前ですが感じ方、ものの見方が変わるものですね。

石舞台古墳は何も変わっていない。

しかし、観る側の年齢や心境、知識、価値観、先入観等々で、受け入れ方は変わっています。

以前師匠から言われた、『物の観方を味方に』が、まさにあてはまる経験でした。



そこから、三輪素麺を頂き、蘇我馬子によって建立された飛鳥寺を参拝しました。

本格的な伽藍を備えた、日本で最初の本格的なお寺といいます。

本尊には、重要文化財に指定された釈迦如来像があり、これが通称【飛鳥大仏】と呼ばれています。

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日本書紀では、609年に完成となっているから、なんと1400年前のものになります。

飛鳥時代の大仏というと、面長が特徴で
鎌倉時代以降の大仏とはまた違った歴史を感じます。

1400年、ずっと存在している飛鳥大仏を前に、ああ、ここにこれて佳かったと、不思議と安心感を得られました。

ちなみに、同じ地域なのに、明日香と飛鳥が混在しています。

地名としては飛鳥の字が一般的ですが、同じ【あすか】でも、過去の書物によって様々な【あすか】があるようです。

古事記日本書紀万葉集から見ていくと、明日香、飛鳥、阿須賀、阿須加、安宿など様々な使われ方がされているようで、中でも、地名や川の名前としては、明日香及び飛鳥が最も多く用いられていることから、明日香と飛鳥が今も使われているそうです。

また、飛鳥は古事記日本書紀が主として使われて、明日香は万葉集で多く使われているようです。


さてその後は、藤原宮跡を観て参りました。

藤原宮は、今でいう皇居、国会議事堂、霞ヶ関の官庁などが集合していたような場所でした。

わずか16年程の都でしたが、今もなお、宮跡として残されているところに、嬉しくなりました。



奈良県は、昔からそのまま、あまり変わらないのではないか?というような景色が特徴で、歴史をより感じさせてくれるという印象です。


久しぶりにゆっくり一人で、好きな歴史を感じる時間となりました。

いやぁ、有難いものです。

グローバル化で本当に必要なもの

少しずつですが、わからないなりに聖書を勉強しています。

聖書は全世界で一番読まれている本ですので、これは読まなければと思い、手にはしたものの、非常に難しい(^-^;

世の中はグローバル化が進み、他国語(英語や中国語)を学ぶことは大変立派なことですが、一番大切なことは、自国と他国の文化・伝統・歴史を学ぶことだと私は思います。

他国語は話せなくても、翻訳機の発展がそれを補ってくれます。

しかし、日本の文化のことを聞かれたら、我々はどのくらい明確に教えて差し上げることが出きるでしょう。

また、他国の方々の文化に、どれくらいの興味と関心を持つことが出来るのでありましょう。

実は、そこがグローバル化で一番大切なことではないかと思います。

アメリカ人に、
【なぜ子供の日には鯉のぼりをあげるの?】と聞かれたら、明確に答えられる人はどのくらいいるでしょうか。

流暢に、
【I don't know!】と言えるより、日本語でよいから、明確に言えるほうがいいと思います。


さて、例えになりますが新約聖書では、イエスが無実の罪で処刑されようとするときに、それを行おうとするものに、このようにイエスはいいます。

そのとき、イエスはこう言われた。

「父よ。彼らをお赦しください。
彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
(ルカの福音書23:34)

無知であるゆえに、間違ったことを人間は犯してしまうという教えです。

人としては性格もいい、本当に優しい人でも、私も含めて無知ゆえに間違いを犯しているかもしれません。

正しく学び、良き先生と出会い、良本を読む。これはいくら時代が変わっても、不易なものだと思います。

世の中のグローバリズムの波に乗ることも大切ですが、それ以上に自国の文化・伝統・歴史を学ぶことが大切だと、強く思います。

長いお別れ

映画【長いお別れ】を師匠と観に行きました。

認知症の父(役は山崎 努さん)と、その父を支える家族の物語ですが、これは本当に素晴らしい映画でした。

認知症の父を支えながら、実は支えられていたのは家族ではないか?

認知症もいう、表面的なイメージや苦労はもちろんあるものの、裏には本当に充実した、愛があるのではないか?

そのように問題提起されたように、私は感じました。

泣き笑いがあり、そして愛があり、決してハッピーだけに留まらない、現実的な物語だから更に、佳い作品だなぁと心をうつものがあるのですね。

そして、何より山崎 努さんの素晴らしい演技力に魅了されました。


人生を泰に生きること。
それは次の4つだと師匠と話をしました。

1.健康に留意すること
2.(先祖を含め)家族を大切にすること
3.学ぶべきことを学ぶこと
4.お金の困窮をしないこと


贅沢などしなくても、少し遊べる。
そして楽しんで学び、知るべきことをちゃんと正しく知る。ベースとしては家族を本当に大切にして、ストレスをためず健康を保つこと。

これらを実践していきながら、人生を味わっていきたいと思います。

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広島平和記念資料館

今日は広島で仕事をさせて頂きました。

約2年ぶりの広島。
前回は家族旅行でした。

その時は、広島平和記念資料館が工事のために入れませんでしたが、今年の4月29日にリニューアルされた資料館に行って参りました。

資料館のはじまりは、まだ原爆が投下される前の広島市内の写真が壁に大きく展示されていました。

そこに写る人々。
大人も子供もたくさん写る人々。

この方たちは、あの原爆でどうなったのだろうと思うと、急に緊張感を覚えました。

そして、次の扉の向こうには、原爆投下直後の広島の街がありました。

胸を打たれるのは、投下3時間後の広島。

ボロボロになった服、乱れた髪の毛、うずくまる人々・・・。パネルが大きいので、まるでそこに居て傍観しているかのような錯覚に陥り、言葉は出ませんでした。

また、原爆によって亡くなった子供達が、その時着ていた服が展示されていましたが、どの服も熱や爆風によって無造作に裂け、汚れたものでした。

一つ一つの遺品を見つめていると、胸が一層苦しくなるのです。

一体この子達の人生とは何だったのか。

原爆によって苦しみながら、数日後、数ヶ月後、数年後に死んでいった方々も沢山いらっしゃいました。

辛い体験を絵に残したものもあり、今回はその絵を集めた本を子供達のお土産として買いました。

平和とはなにか。
戦争とはなにか。

日本人は絶対に、考え抜いていかなければなりません。

改めて思う1日でした。

学問のすゝめ

明治に書かれた福沢諭吉の『学問のすゝめ』はあまりにも有名ですが、現代に生きる我々の中で読まれた人は少ないかもしれません。

この本が書かれたのは、日本が西洋列強と開国し、そして常に植民地の驚異にさらされた時代でもありました。

そんな中、福沢は日本人がまず個として独立し、そしてその独立した人格同士が国を強くしていく重要性を伝えました。

そのためこの学問のすゝめで、実学・独立心を必要と唱えたのです。

独立した一人の人間として生きることは、今の時代にも十分通じるものだと思います。

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気力なき者は、必ず人に依頼す。

人に依頼する者は、必ず人を恐る。

人を恐るる者は、必ず人にへつらふものなり。

常に人を恐れ人にへつらふ者は、次第にこれに慣れ、その面の皮鉄のごとくなりて、

恥づべきを恥ぢず、論ずべきを論ぜず、

人をさへ見れば、ただ腰を屈するのみ。

『学問のすゝめ』第三編より

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しっかりした自分の意見を持ち、よく観察し、読書し、そして議論して見識を高める。そうしないと無知でただ流されてしまう可能性があります。

しっかり独立心をもって、へつらうことなく、日々歩んでいきたいものです。

なかなか難しいのですが。

行方不明の同級生発見

行方不明・・・というと、いかにも事件性を匂わせてしまいますが、あくまでこちらサイドの一方的な表現ですね。

ずっと、どこにいったんだろう、何をしているんだろうと、心の中で彼を心配するスペースがあって、時々そのスペースを覗く、という事を繰り返していましたが、そんな彼が今、どこで、何をしているのか、手掛かりが掴めました。


中学生の時、毎週と言っていいほど、彼の家に行き、当時伝家の宝刀スーパーファミコンSTREET FIGHTERマリオカートをして遊んでいました。

遊んだ後は何人かで銭湯に行き、脱衣場で1時間、露天風呂で1時間過ごすというような事をしていました。

当時はそれがとても楽しかった。


20歳過ぎ頃までよく遊んでいましたが、【あの日】から彼を見ることはありませんでした。

今でも、【あの日】の事をよく覚えています。


当時私が働いていたバイト先では、月曜日は出荷が多く深夜まで働き、火曜日は入庫が多いため早朝から出るという、過酷だけど稼ぎ時の月・火を過ごしていたのです。

その月曜日、彼から電話がありました。

『今晩、お前ん家にどうしても泊まらせて欲しい。』

当時私は一人暮らしだったので、彼は何回か私の部屋に泊まった事がありましたが、月曜日だけはどうしても厳しかったので、

『悪い!今日は遅くなるし、朝は早いから無理やわ!』と断ったのです。

日常の会話ではない急を要する事情は、言わずもがな伝わっていました。しかし、私は断ったのです。

それから数日、いや数ヶ月がたちました。

最近は連絡がないなぁと気になり電話をしたのですが、電話番号は使われていませんでした。

何かあったんじゃないか?
なぜ俺はあのとき断ってしまったのか。

そんな自己嫌悪に陥りましたが、どこかに仕方がなかったと正当化する気持ちで、その事から逃げていました。

彼のいとこも同級生だったので、今何処にいるの?と聞いていたのですが、返ってくる返事は知らないの一言でした。


あれから20年近い時間が経過しました。

LINEに、友人から

『◯◯がアイツを見たらしい!』
『どうやらパチンコ店で働いているらしい』

という、ビックニュースが飛び込んできたのです。

そして今日、アイツを見たらしいという、『らしい』が『確信』に変わったのです。

アイツを見たという友が、声をかけて確認したから間違いがないと言うのです。

遂に、20年ぶりに彼を発見しました。

SNSの力、恐るべし!

私は嬉しくなりました。
彼と再会しているイメージが湧いてきます。

しかしながら、もし再会した時、彼はどのような反応をするでしょうか。

そんな心配より、彼が無事で・・・というのは本当に自己中心的な発想ではあるのですが、本当に良かったと思います。

今年中には、お酒を交わしながら20年の物語をじっくり交わしたいものです。

大切な景色

仕事で書類をお届けした帰り、私が生まれ育った家の跡地をふと辿ってみました。

物心がついた時から見て育った場所は、もうすっかり変わってしまったところと、未だ変わらないものとが混ざりあって、新しい景色を作っていました。

私の住んでいた家は、すっかり壊されていて、新しい家が立ち並んでいます。

それでも、電信柱、家の一番奥にある塀は全く変わっていません。

その変わらないものが、とても愛しくなって、写真に納めました。

住んでいた家の近所も、全く変わらない場所があります。その場所を見ていると、ふと幼いあの頃の自分の目がその場所を見ている気になったんです。

そして、その感覚のまま、後ろを振り返ったら、今の自分の目に戻りました。

あの頃見ていたものと、まったく違う鉄筋コンクリート造が、私を現実に戻したのです。

時代と共に、良くも悪くもなく、景色は刻々と変わっていきます。

そして、何より自分自身が変わってもいくものです。

しかし、懐かしい、心に大切にしまっている場所は、永遠に変わることはないと思います。

私の生きてきた道。原点。
私だけが愛しく感じる場所。
そんな場所を与えてくれた両親に感謝です。

大の大人がすることか。

先日、ある役者さんの、出演映画の役についてのコメントが雑誌に掲載されました。

それを読んだある作家が、三流俳優だの、俺の作品が映画化されれば絶対にオファーしないなど揶揄すれば、どこが三流俳優だと別の方が憤慨する。

そうするとまた、馬鹿だとか罵る輩が出てくる・・・。

そして、これがなんと全てTwitterで発言していることに呆れてしまう。

大の大人が、Twitterで攻撃しあうこの低レベルさに、本当に嫌な想いがします。

もし、これはちょっと違うなと思うのであれば、直接電話をするなり、手紙をかくなりして意見として言えばよいこと。

馬養なりにも著名陣なのだから、理論だけ一人前で、情緒もない下品なことはやめていただきたいと思います。

あのようなニュースを見た子供たちは、希望を持てるものだろうか。

しかし、インターネットが発達して、知らなくてもいい情報を知ってしまうことも考えようだと感じた次第です。

【不如意】

人生とは【不如意】、すなわち思い通りにはならないもの。

このような思想を、私は30代後半から持ち始めました。もしかすると、私の座右の銘なのかもしれません。

一見、とてもネガティブでマイナス思考で暗く、人生に絶望しているように思われるかもしれません。

西洋から入ってきたポジティブシンキングなどがありますが、そのような自己啓発本には、人生は思い通りにいくとよくかかれています。(私もそのような本に、30代前半は影響を受けましたが・・・)

外的要因は、決して自分の意のままに出来ることではありません。

何が起こるかわからない。

先日も大津市で、2歳の保育園児が2人、車に衝突し亡くなられました。

歩道にいても、車が突っ込んでくる。こんなこと想像すら難しいです。

そして、私たちも今日加害者に、あるいは被害者になるかもしれないのです。

不如意であることを自覚し、当たり前のような今この瞬間を有り難く思う。そして、普段から最大限リスクに備える。何か起きたときに、どうあるべきかをいつも考えておく。

このような思想が、今の時代には特に必要だと思います。

『人生』とは、『生活』とは、『いきがい』とは何でしょうか。

令和の時代、とくにこれからはしっかり考えてみるのも佳いと思います。