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新潟・長岡にて

新潟でお仕事をさせてもらうので、
今日から新潟に来ています。

大阪からサンダーバードで金沢まで行き、新幹線に乗り継いで上越妙高まで。そこから特急しらゆきといった、日本海側を列車旅行するような経路を辿りました。

寒波到来というタイミングの新潟ですので、
生粋の大阪育ちには堪えます。

今日は前泊日ですので、
まずは兼ねてから行きたかった、長岡市にある『山本五十六記念館』に足を運びました。

五十六さんの数々ある遺品に囲まれ、緊張感のある館内中央に、一際目を引く展示物がありました。

それは、昭和18年4月18日、ブーケンビル島上空で、アメリカ軍機に襲撃され、墜落させられた山本五十六元帥の搭乗機の翼の一部でした。

翼の一部分ではありますが、墜落の衝撃で減し曲げられた側面、機銃攻撃を受けた痕などが、生々しく残っています。

そして、山本五十六元帥の搭乗席も展示されており、機銃により搭乗席が貫通していることがよくわかりました。

五十六元帥の体を貫通し、搭乗席をも貫ぬいた攻撃。

時代を越えて今、その機体を見ていることが、奇跡のように感じました。

次に、幕末、長岡藩家老であった河井継之助の記念館に行きました。

昨日まで知らなかった人物ですが、早朝に友人が知らせてくれました。

志高き人で、言動と行動が一緒、まさに知行合一の方であったそうです。

長岡藩に住む武士も農民も職人も商人も、皆が豊かに暮らすためにはどうすればよいかを真剣に考え、取り組まれたと言います。

義理がたく、『正しい道』を貫かれた生き方は、まさに勇気を与えてくれます。

このタイミングで知れたこと、友人に恩を感じます。


最後は長岡戦災資料館です。

昭和20年8月1日、
長岡市はアメリカ軍の空襲を受け、1,400人以上の戦死者を出しました。

これは小規模都市最大の被害です。

その多くは、まだ小さな子供たちと、母親たちです。

空襲体験者の話を、映像で観させて頂きましたが、言葉は出ません。

悲しみをずっと背負い、これまで生きてこられた事に敬意しかありません。


雪が降り続く中、長岡の地でたくさんの学びを頂きました。

そして、記念館でご丁寧に説明くださったスタッフの方々、優しさ、一瞬だけど出会えたことに感謝致します。

これから新潟市内で、
研修で知り合うことができた職場仲間とご飯です。

新潟のお酒を飲みながら、
『今』を楽しもうと思います。

喜びも悲しみも幾歳月。