dantelのブログ

日々の心境、思想、学び、気づき等を書き留めています。いつか、後世への遺物となることを願っています。

人生の仕舞い

日本海軍兵の、瀧本さんの訃報を知りました。ご家族の方が、ご丁寧なお葉書を送って下さり、本日知ることとなりました。

瀧本さんに初めてお会いしたのは、2017年10月でした。

瀧本さんを知ったのは、私が語り部に関心をもった時のことです。

インターネットで語り部という検索文字に
ヒットして出てきた記事が、瀧本さんの語り部に関する記事だったのです。

直接電話をしてアポをとり、ご自宅に伺うと、玄関先に座りながら大きな杖を前に突き出し、私を迎えてくれました。それは、実に堂々として凛とされ、凄い人格が伝わってきました。

その姿が印象的で、今でも鮮明に思い出されます。

瀧本さんは、真珠湾攻撃ミッドウェー海戦に、空母飛龍の整備兵として参加しました。

敵の戦闘機からの機銃で負傷され、その後、日本軍の南方の重要基地であるトラック島では、餓死寸前という想像を絶する過酷な体験をされ、奇跡的にも帰還された、数少ない貴重な戦争経験を持つお方です。

近年では、脳梗塞を数回発祥しながらも、97歳にして、将来のある若者のために、この国が二度と、先の大戦のような事を繰り返さないために、『語り部』をされていました。

人生の仕舞い方は、人それぞれです。

瀧本さんは、本当に最後の最後まで、人のために、国のために生きられたのです。感慨深い仕舞い方です。


訃報を知り、非常に残念な思いとともに、瀧本さんの想いを、少しでも受け継ぎ、微力ながらも、私も活動していけたらと、強く思った次第です。

瀧本さん、本当に有難うございました。

人徳のある人

私のお客さまに、不動産会社の役員の方がいます。色々なご相談を受けながらも、興味深いお話をたくさん聞かせて頂いています。

今日のお話も、素晴らしい人がいるもんだなぁと、感心させられました。

お客さまが管理する賃貸マンションの一室をかりている、大学院生のお話です。

この院生は、某国公立大学院で教育の研究をされています。

その研究内容は、どうすれば貧困層の子供の学力を上げられるか?というものです。

世の中は、良い教育を受けられる富裕層と、それとは逆に教育環境に恵まれない貧困層との二極化が広がりつつある事を指摘し、また危惧されていることから、このような研究に至ったといいます。

現在は、ある市の、一番学力が低い小学校(いわゆる、荒れている学校)で、週3回授業を請けもっているそうです。

その学校は、片親や生活保護といった環境の子供たちが多数います。

宿題はやらない。
授業は集中しない。
塾などいけるわけもない。

そんな子供たちが多い中、どうすれば勉強が面白くなるか?を考え、試行錯誤しながらも、日々頑張って取り組んでいるそうです。

その研究に行き着いたのは、ご自身の経験からでした。

ご自身も、親が不仲で離婚し、厳しい環境で育ったそうです。

それでも、大学に行きたいと志しました。お金は高校卒業後、2年間働いて全て自分で用意しました。その時に出会ったのが、私のお客さまだったのです。

お客さまは、ご苦労のある学生だからと、なんと、家賃を15,000円で貸してあげたのです。利益などほとんどあがりません。

その家賃なら、大学のお金が貯められる
と、学生さんには大きな希望となりました。そして、同級生とは2年遅れながらも、見事国公立に合格しました。

働きながらですから、相当の努力をされたのでしょう。

自分のように、家庭環境がよくなくても、思いが強ければ、大学にいける。学べる。そのことを、今の小学生たちに教えたい。その情熱が彼の大きな使命感となっているようです。

この学生の使命感、人徳の強さに感動しましたし、その彼を応援したい思いで、ただのような値段で部屋を貸してあげたお客さまの心意気にも感銘を受けました。

まさに、生身の人間と人間が生きあっている美しさ、人徳を感じたのです。

私もこの学生のように、またお客さまのように、徳を育んでいかなくてはと、エネルギーをお裾分け頂きました。

魔女の宅急便

魔女の宅急便

これは平成元年に公開かれたジブリ映画ですが、私にとってこの魔女の宅急便は、心の中の、大切な大切な場所に、色あせず、しまいこんでいる、そんな大好きな映画です。

魔女の宅急便』との出会いは、テレビCMでした。物語の中で流れる、『海の見える街』という曲が聴こえてきたとき、心のなかをぎゅっと掴まれたような、切なさで締め付けられる経験をしました。

まだ小学校5年生でしたが、多感な時です。どこか、生まれてきた時にタイムスリップしたような、かなしいような愛情のようなものを身体中で感じ、涙が溢れてきたのです。

本当に不思議な体験でした。

どうしてもこの映画が観たくて仕方がありませんでしたが、当時、主人公が女の子の映画を、映画館で観るというものに恥ずかしさがあったのでしょう。親には映画を観たいとは言えませんでした。

しかし、この小さな夢はすぐに叶いました。

学校の体育館で、『魔女の宅急便』が、映画上映されることとなったのです。

この嬉しさは、もう格別のものでした。

『海の見える街』が流れ、大きな時計台のある、ヨーロッパ風の素敵な街が大きなスクリーンに写し出されます。曲と街の世界が一体感を増します。

キキという女の子が、一人前の魔女になるために修行する姿が、まだ小学校5年の子供ではあったけれど、だんだん大人に向かっていくんだなぁという、あの不安定な頃の思いとリンクしていました。

最後に流れる、荒井由美の『やさしさに包まれたなら』がまた、この映画にぴったりです。本当に神様のような、大きな存在が包んでくれるような気持ちになりました。

あれから30年。

今、ふと『海の見える街』を聴くと、あの頃に戻ります。

歳は重ねるほど、戻れる場所が増える。
そして、戻れるアイテムの1つに、音楽があると思います。

音楽。本当に素敵なアイテムです。

子供たちにも、今、どんどん素敵な音楽を聴いてもらいたいと思います。

そしていつか、大人になったとき、その音楽がきっと、人生の醍醐味を与えてくれるでしょう。

魔女の宅急便。この世に、このような映画が生まれ、出会えたことに感謝です。

平成元年、1989年は私にとってセンシティブな1年であることは、間違いありません。

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【真心】【貫く】【生きる】【ぎ】

1月3日、我が家で書き初めをしました。

1年のテーマを表す文字を、家族の皆がちゃんと毛筆で書き残すということを、昨年からはじめました。

【真心】は私。

昨年の誠実に続き、偽りのない心で、ただ目の前の人のため、真剣に尽くす。仕事のテーマ色が強いのですが、このテーマを課題として取り組んでいきます。

【貫く】は妻。

おみくじに書かれていた文字が貫くだったので、そのまま引用。何事も中途半端に終わらず、一貫する、貫くという強い気持ちか表れております。

【生きる】は長女。

学校の宿題で、【美しい心】という書き初めが出ていたので、そのような心で生きると、繋げたのでしょう。また、生きるというのは強い生命力がある言葉なので、彼女なりの、強さを感じます。

【ぎ】は次女。

ひらがなをやっと読めるようになったので、きっと思い付いた好きな字だったと思います。ぎは、論語でいうと【義】であり、正義や礼儀を意味します。道義に通じた生き方をしてほしいです。


さて、今年も元旦は墓参りとお節。氏神様へ初詣。2日は妻の実家と初詣。3日は書き初めという、我が家の礼が無事に成し遂げられたことを有り難く思います。

私は、人生は不如意なものだと思っています。思うように成らぬことのほうが、圧倒的に多い。

だから、うまくいくというものに、人はなびかれやすいのだと思います。

成功であれ失敗であれ、そこに一喜一憂するのではなく、何があっても、そこでしっかり意味を問う。意味を自分の頭でちゃんと考える。そのような生き方をしていきたいと思います。

そして、人生はいつ終わるかはわかりません。殆どの人が、何かの途中で人生を終えるのだと思います。

今年も、思うようにいかない人生、それでも愉快で有難い人生を、謳歌して参ります。

大晦日には

晦日には、年越しそばを食べて、紅白を見て・・・と、やることがありますが、

私はここ数年、大晦日にはゆっくり1年を振り返り、また2019年の目標を掲げることをしています。

そして、もう1つやっていること。

それは、今年最後の日の入りを拝むことです。

元旦の日の入りは、めでたいものとして、たくさんの人に拝まれますが、大晦日に、沈みゆく太陽を拝む人は少ないかもしれません。

1年色んなことがありましたが、とにかく無事に終えられること。そのことに尽きます。

そんな感謝を込めて、日没を拝んでいくと、1年が本当に良かったと心から思えます。

今日は少し曇り空ですが、日没に今ある命に感謝し、拝まして頂きます。

そして、久しぶりにゆっくりした時間。
読書などをして、心に養分を与えたいも思います。

2018年も有難う。

クリスマスイブ

クリスマスイブ。

子供の頃は、365日の中で一番好きな日でした。

自分の誕生日は、自分だけがお祝いしてもらえる特別な日でしたが、クリスマスという日は、皆が特別な日を味わえ、また町中がクリスマスに染まる日であったからです。

そして、なんといっても、サンタさんが真夜中にプレゼントを持ってきてくれる。

このワクワク感は、なんともいえないものがありました。

月日が流れ、いつ頃でしょうか。

サンタクロースの存在を知っていったのは。

あまりショックではなかったと思うので、おそらく、結構な歳まで、サンタクロースの存在を信じていたように思います。


今日、娘たちが本当にワクワクしながら、先ほど寝静まりました。あの頃の自分を見ているようです。

子供たちに受け継がれていく、クリスマスの、そしてサンタさんが来てくれるあのワクワク感。

実はこの受け継がれていく喜びこそが、サンタさんからの最幸のプレゼントのように思います。

さて、サンタクロースとなりましょうか。

メリークリスマス。

なぜピアノを弾くのかな

先日、今年最後になる師匠との勉強会がありました。

ひとつ、『なぜピアノを弾くのか?』という、素敵なエピソードを聞かせて下さいました。

師匠の次男さんがまだ小学校から中学に上がる頃、名古屋までピアノのコンサートを観に行かれました。

次男さんがピアノをやっていた事もあり、名古屋でしかみれないピアニストだったので、一緒に名古屋まで行かれたそうです。

偶然座った席の隣に、85歳ぐらいの品の良いおばあさんが座られ、次男さんに話しかけてこられました。

『ピアノは好きなの?』

『はい。』

と、そんな話の中、師匠は次男さんとそのおばあさんとの会話をじっと聞いていました。すると、おばあさんはこう言われたそうです。

『ピアノは出来るだけ長く続けなさいよ。なぜなら、人生には悲しみが必ずあるからよ。』

そして、

『悲しい出来事が起こったとき、ピアノを弾いてごらんなさい。ピアノの音色が、音楽が悲しみを癒してくれるから。』

続けて、

『悲しみはあなただけじゃなく、大切な人にも悲しいときがくるの。その時、ピアノを弾いてあげなさい』

このように言われたそうです。

名古屋までピアノのコンサートに行き、偶然横に座った方に言われた言葉が、とても凄く印象に残ったそうです。

人はなぜ、ものを買ったり、習い事をしたりするのか。

そのものが欲しいのではなく、それを買うことによって、幸せになることを見出だすから。

これが明確にわかったといいます。

私もピアノをはじめて約3年。
いつかピアノが私を癒してくれるかもしれません。

その日のためにも、
しっかり継続していきたいと思います。

次女、初の発表会にて

本日、次女にとって初めてとなる、幼稚園の発表会が開催されました。

歌に演奏に、そして劇と、短期間の中で本当によく覚えられたなぁと感心しましたし、それを教えられる先生たちの凄さを、改めて感じさせられるものになりました。

我が子に対しては勿論なのですが、不思議なことに、知らない子供たちが歌っていても、合唱を聴くと、心を動かされるものがあります。

それは何故なのか?ということを考えていました。きっと理由は沢山あります。

例えば一生懸命な姿だったり、可愛らしさだっり。勿論、そこは当然あるのですが、一番大切なことがありました。

何か?それは、マニピュレーション(操作やごまかし)が無いという事です。

ようは、感動させてやろうとか、良い風に見せてやろうとか、そういった操作的なものは全くなく、ただ、その一生懸命に覚えたことを、真っ直ぐに披露していること。

これに尽きるのではないか?と思うのです。

そして、その姿を斜めから見たり、裏を読んだりする事なく、真っ直ぐに受け止めている我々親側の人たち。

その真っ直ぐな人格と人格が互いに受け入れあうあの空間こそ、まさに美しい感動が生まれているのだと思います。

まさに、『真心』が現れているのです。

普段から、私はどれだけこの『真心』が込められているか?と考えると、まだまだ恥ずかしいばかりです。

大事なものというのは、子供たちから学ぶことが多分にあるでしょう。

それも、真心で接しないと、感じることは出来ない。

素晴らしい発表会を有難う。
次女に、そして先生方、これまで尽力頂いた皆さまに感謝致します。

第7回いのちのセミナー その②

第7回目のいのちのセミナーの続きとなります。

講師は、福井県霊泉寺の住職であり、青森県恐山菩提寺の院代を務める、南 直哉氏です。

前回、何故生きているのか?それな解がなんとか分かるようになる救いがあると書きました。

それは、出てきた瞬間に、よくぞ出て来てくれましたと受け止めてくれる手があるということ。そしてそれが親の役目であること。

親のその言葉、愛情によって、自分の命や生きていくことの価値をちゃんと実感できていくのです。

しかし、この価値を見いだせず、与えられなかった人は少なくないといいます。

その中の一人、75歳の女性の話がありました。

この方は生涯独身であったので、お金には多少の余裕もあったことから、高級老人ホームに入居していました。

しかし、なかなか周囲の人間と馴染めず、違う老人ホームに移ったそうです。

移ったホームでも同じように仲間外れにされてしまい、悩みを聞いてほしいと、住職の南さんを尋ねて来られたというのです。

住職には、『また違う老人ホームに移ったほうがいいですか?』と、そんな風に聞かれたそうです。

その前にあなたのことを聞かせてほしいと、様々な話を聞き、この方がなぜ仲間外れにされるのか分かりました。

それは、親から受け止められてこなかったという事でした。

遡ること昭和20年半ば、戦後の貧しい暮らしの中で、この方はまだ『つ』のつく歳に、兄弟3人の面倒をみていたといいます。

親は離婚し、母が育てていました。困窮する経済状況から、母親は水商売で生計を立て、毎晩遅くに酔っぱらいながら帰宅してたといいます。

殆ど毎日、酔っぱらって帰宅した母親に、お水を入れてあげていたそうです。

ある日、母親がいつものように泥酔しながら帰宅し、テーブルに座るなり顔を埋めていました。

いつものように、お水を差し出した時です。母親はこのような言葉を発したのです。

『あんた達さえいなければ・・・』

もちろん、他の兄弟は寝ています。
母親も、次の日にはけろっとしていて、そんな言葉を発したことも知りません。その言葉を知っているのは、この世でたった一人、この方だったのです。

『あんた達さえいなければ・・・』

その続きに、何を言おうとしたかはわかりません。ですが、実の母親から出た信じがたいその言葉をずっと受け止めて来られたのです。

いちばん信用できる人が信じられない人生。
いちばん愛情をもらえる人からもらえなかった愛情。

この事が大きなトラウマになり、人を信じることが出来ない人生を生きてこられたのです。

だから、老人ホームでも人との関わりかたが素っ気なかったので、周囲から無視されていったそうです。

住職はこう答えたそうです。

『あなた、もう30年も生きようも思わんでしょ?だったら、あなたが今からするべき事は、老人ホームを移ることじゃない。母親を許してあげることですよ。』と。


誰かを許すということは、実は自分を許すということです。

誰かを許す、その自分を許すということなんです。

人を許せないのは、その人を許す自分が許せないからです。

その住職の言葉はとても胸を打つものがありました。

それから、その方はどうなったかは知らないといいます。しかし、なにか残りの人生に変化があれば佳いなと願います。

私はこのセミナーを通じて、命の価値、存在している価値を、親から日々、子供たちに伝えてあげることの大事さを学びました。

そして人を許すは、自分を許すこと。

肝に命じて、思い通りにはいかない人生も、たまに棚ぼたのある人生も、味わっていこうと思うのです。

第7回いのちのセミナー その①

本日、第7回目のいのちのセミナーに参加いたしました。

今回の講師は、福井県霊泉寺の住職であり、青森県恐山菩提寺の院代を務める、南 直哉氏でありました。

日頃から沢山の人の話を聞き、説法をされているからでしょう、話がとても上手で面白く、まるで落語を聞いているようなリズムが心地よいものでした。

さて、様々感銘を受けましたので、2回に分けてブログに書き残そうと思います。


大きく感動した話のひとつに、東日本大震災のこたがありました。

あの3月11日をさかいに、日本人の生死の意識が大きく変わったのではないかとおっしゃられていました。


その変化とは、『明日は我が身』だという自覚です。

本来は関西に住む人からすると他人事といってもおかしくありません。


でも、我々はあの大地震で起きたことを、映像で見たのです。

そして、我々は元々、震災を体験された方々と同じように似たようなことを知っている。

被災しようとしまいと知っていることがある。


それは、もっともっも意識のより深いところにある事で繋がっている共通の問いがあるのです。それは、


『我々はなぜ生まれてきたかわからない。』ということなのです。


生まれてきた意味など全ては後付け。

事実はただ、お腹の中からぼろっと出てきたことだけ。その時点では、意味も目的も価値もわかりません。

そして、死とはなにか?など、絶対わからない。それは、この世で生きている人の中に、今だかつて死を経験した人がいないのだから


生まれてきた理由もわからない。
死ぬということもわからない。
最初と最後がわからないのに、真ん中(生きていること)なんて解るわけがない。

確かにその通りです。


ただ、それがなんとかなる。分かるようになる救いがあるといいます。

実は、出てきた瞬間に、よくぞ出て来てくれましたと受け止めてくれる手があるということです。

これが親であり、役目なのです。

しらないと言われたら、即アウト。

受け止めてくれるというのは大ラッキーであるのです。これを赤ん坊は本能的にわかってるんじゃないか?と持論を展開しておりました。

あなたはそこに、そうやって居てくれるだけで嬉しいんだって、誰かが言わなければわかりません。

自分の命の価値や意味は、誰かを通じてしか出来ない。わからない。

自分の名前は自分で決めない。

そう、全部他人から自分は作られるのです。人はお仕着せからはじまる。

お仕着せた人が、あなたはそこに居てくれるだけで私は嬉しいと言ってもらえない限りは、金輪際、自分の命の尊さありがたさ、意味や価値はわかりません。

それを言う人が親。それを言えなければ親になっちゃだめだと言われていました。


命一杯、その存在に感謝することで、感謝される側が自分の価値に気づいていく。

それが魂となる。魂は、大切な人が育ててくれるものだということを知り、また改めて、自分にない考えや思いに注ぎ込まれる養分となったように思います。

親の立場としては、まず子供たちの存在に、心から有難うと発していくことを、着手点としたいと思います。