dantelのブログ

日々の心境、思想、学び、気づき等を書き留めています。いつか、後世への遺物となることを願っています。

人が人に与える影響

よく、人にどう見られたっていい。
自分らしく生きることが大切だ。

そんなフレーズを聞きます。

確かに、人目を気にして消極的な態度をとるのは、良くないことかもしれません。

しかし、人が人に与える影響というのは、
本当に大きいものです。

例えば、朝、エレベーターで一緒になった人が
降りる際、ボタンを押さえて、先にどうぞと
譲ってくれたとします。

そうすると、優しくされてとても気持ちが
よいものになります。

しかし、何も言わずにしかめっ面で、
ささっと降りて行かれたらどうでしょう。

その人に悪気は無いとしても、少しぐらい
会釈があってもいいのでは?なんて、
勝手ながら思ってしまう事もあります。

そうすると、その事を案外引きずって
しまったりするものですね。


やはり、人目を気にするというよりは、
人に良い影響を与えようという意識が
大事ではないかと思います。


孔子さんは『仁』、すなわち思いやりの心が、
人生で一番大切だと言われたそうです。

なかなか簡単ではありませんが、
私も【仁】を大切にしていきたいと思います。

博士の愛した数式

先日、映画『博士の愛した数式』を観ました。

もう10年以上も前の映画ですが、
小説の著者である小川洋子さんと、
河合隼雄さんの対話本、

『生きるとは、自分の物語をつくること』を

読んだことがきっかけで、観ることになりました。

主人公の博士は、過去に起きた交通事故により、80分しか記憶がもちません。

すなわち、80分経つと記憶は
無くなってしまうのです。

その博士の家に、家政婦が雇われるのですが、
博士と家政婦との間には、恋でもない、純粋な
『友情と愛』が生まれるのが、
とても美しく感じます。

博士は、星を見て綺麗だと思ったり、
花を見て美しいと感じるように、
数字にも美しさを感じています。

そして、博士の時計に刻まれた284という数字と、家政婦の誕生日である220(2月20日)の間に、
友愛数』を見付けるのです。

お互いの約数の和を計算すると、

284の約数の和は220。
220の約数の和は284。

友愛数は、滅多に存在しない組み合わせだそうで、フェルマーデカルトも、一組ずつしか
見つけられなかった奇跡の組合せです。

この友愛数を、

『神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字』

という博士は、数学博士でもあり、
文学者だなぁと思わせるところに、
この映画の優しさ、美しさが伝わってきました。

著者も書かれていましたが、この映画は、
数字という永遠性に、人間という有限性が
支えられるところに、普遍的なテーマがあると
思います。

小説も、読んでみようと思います。
情緒深い映画に感謝です。

12色の色えんぴつに気づく工夫

今朝、長女との会話に、以前師匠に教わった
日本人の思考と西洋の思考の違いを
思い出しました。

娘が、ベランダで育てているプチトマトの
観察日記を描き終えました。

12色の色えんぴつを使い、色塗りを始めた
ところ、娘が言うのです。

『思うような色で塗れない。』と。

確かに茎や葉の色は、緑といっても一色で
塗れるような単純なものではありません。

明るい部分、深いみどりの部分、影になって
暗くなっている葉や、複雑な模様になった
箇所もあります。

私は娘に、

『それなら24色や36色の色えんぴつを
買ってあげようか?』

と言いました。

と、その時、師匠に教わった日本人的発想と、
西洋人的発想を思い出したのです。

無いのであれば、新たに作れば(買えば)いいと
いうのは、西洋の発想です。

確かに合理的です。

しかし、元来日本人の発想には、

『ないのであれば、あるもので工夫する。』
というものがあります。

例えば、12色の色えんぴつであれば、
茎や葉の色で使える色は、
緑、黄緑、黄色でしょうか。

たった一色の緑色であっても、力強く塗る、
普通に塗る、薄く塗る、その工夫だけでも
レパートリーが増えます。

または、違う色を少し混ぜてみるのも、
一つの材料になります。

昔から物を大切にしてきた日本的な発想は、
とても良いですね。


無いものを付け足す西洋の発想も、
もちろん必要ですが、有るもので工夫する発想が、また情緒的で素晴らしいと思いました。

長女も、工夫している様子で何よりでした。

12色の色えんぴつに気づきを貰った
そんな1日でありました。

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父と母の夢

今朝がた、幸せな夢をみました。

父と母、そして弟と私4人で、
食卓を囲み、家族4人で団らんな時間を
過ごしていた夢です。

夢とは気付かず、父、母がこの世まで、
会いにきてくれたと思っていました。


私の母は病気で、父は突然に、
この世を去りました。

しかし夢の中の二人は若返り、
元気な姿を見せてくれました。

父、母がそろそろ帰ろうとしたとき、私は思わず、今日来てくれて本当にありがとう!と、
裏返りそうな声で伝えました。

すると、父も母も笑顔を見せてくれたのです。

続けて私が、

『また今度は夢の中に会いに来てな!』

と言うと、

母が笑いながら、『またいくわ!』と
答えてくれました。

そのまま目の前が白くなっていき、
気がつけば目を開いていました。

夢から目覚めたのです。



母は亡くなるまで、入退院を
繰り返しておりました。

医師の言動から、もう母が助からないと
わかったとき、母には、それは言えませんでした。

私は、母の死を覚悟しました。

しかし、母が自身で死を覚悟していたのかは
わかりません。

まだ、平均寿命からすると若すぎる死を、
母に伝えることが辛かったのです。

と同時に、奇跡的な回復を願いました。


だから、だんだん弱っていく母のそばにいながら、言葉を濁す自分自身に負い目を感じていました。

そして母が亡くなった時、
私はこれでよかったのかと、自問自答しました。

母は、本当は死を、互いにちゃんと共有し、
共に受け入れ、亡くなったとしても、
また心で繋がっていよう。

そんな約束が出来たほうが
よかったんじゃないのか。

そんなことを、今でもふと思います。


父もそうです。

父も亡くなる前に、ちゃんと色んな事を
話しておけばよかった。



亡くなった人からは、あたりまえですが
もう連絡はできません。


だから今、心配しなくてもいいよ!と
二人が思っていてくれればいいなという
私の願望が夢となって現れているのか、

私のことを思って、父、母が夢の中にだけは、
元気だよとメッセージを届けてくれているのかは、
わかりません。

それでも、私は夢の中で、
父母と会話できることを、
本当に嬉しく思うのです。


私には出来ることをがあります。

それは、これからも我が家でしっかり供養し、
父母との日々を思い出し、そして体温のように
感じることです。


そしてまだ父、母がご健在である方に、
私の経験を伝えることです。


正しいことは何かはわかりません。
しかし、優しさならこれからも沢山
提供ができます。

大切な何かを気づかせてくれた、
今朝の夢に感謝です。

父、母、本当にありがとう。

TSUTAYA

仕事帰りに、ルクアに入っている
TSUTAYAに寄りました。

友人に教えてもらいましたが、このTSUTAYA
朝7時から空いています。

仕事前、 隣接するスターバックスを使って
勉強や読書などをするのに最適かもしれません。

このTSUTAYAの魅力は、なんといっても
空間だと思います。

一般的な本屋さんは、一列にびしっと
並列化された本棚が、いくつも並んでいると
いったとこでしょうか。

しかし、このTSUTAYAでは、中央に
スターバックスがあり、そこを囲むように、
サークルに本棚が伸びているのです。

それがスタイリッシュで、五感をキュンと
刺激してくれます。

そんな空間の中で、好きなジャンルの本を
目でおっていく。

それだけでも時間を忘れ、至福を感じます。


よい本とも出会いました。

昨日、お亡くなりになりました
日野原重明さん監修の、

神谷美恵子の言葉 人生は生きがいを探す旅』

そして、マイケル・ピュエットの

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学』。


ゆっくり、言葉が身体に染み込むように
読んでいきたいと思います。

楽しみです。

反省

思った時に行動しなければいけませんね。

書こう、書こうと思っていたブログも、
日が経てば書く情熱、書き留めたい想いが変化し、書くべきだったものが消えてしまいます。

その想いは確かにあったのですが、
泡のように消えてしまいます。

ダメですね。

日々反省。

これをしっかり受け止めて、
成長していこうと思います。

空手の合宿

今年も、空手の合宿に行って参りました。

幼稚園の頃から習いはじめ、何度もやめたいと
思っていましたが、やめずに気がつけば
大人になっても続いてこれました。

今はほとんど練習にも行けていませんが、
合宿だけは毎年参加しています。

子供達と一緒に練習をしたり、あまごの
つかみ取りをしたり、卓球で遊んだり、
お風呂に入ったり、花火をしたりと、
私も楽しく過ごさせていただきました。

子供の頃に参加していた空手の合宿を、
今の子供達と照らし合わせているようです。

さぁ、すっかり夏になりましたね。

今度は家族で夏を楽しみたいと思います。

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